希薄窒素酸化物の温度スウィング吸収分解に用いる新規固体吸収材料の開発

平成1011年度科学研究費補助金(基盤研究(B)(2))(課題番号 10555282

 

 本報告書は平成10年度〜11年度において、文部省科学研究費補助金基盤研究(B)(課題番号10555282)を受けて実施した研究の成果をまとめたものである。

 本研究は、酸性雨の元凶として大きな社会問題となっている窒素酸化物(NOx)を効率良く浄化する技術の開発において重要となる、選択的NOx分離吸収能を有する複合酸化物材料の合成とキャラクタリゼーション、NOx吸収・放出反応のメカニズム解析、さらには希薄NOxからの連続的な分離濃縮および浄化を実現するための応用プロセス開発を目的として行われたものである。

 

. 本研究の目的

過去25年以上にわたってNOx浄化用固体触媒の研究が世界的規模で盛んに進められてきた。しかしながら、酸素、水蒸気、二酸化炭素など圧倒的に大過剰の成分の存在下で希薄NOxを効率的に浄化することは現状ではきわめて困難である。この問題を打開するためには、希薄NOxの分離濃縮機能と触媒機能との組み合わせが最も有力である。NOxの濃縮によって被毒成分の相対濃度を低くでき、これまで研究されてきた触媒系を用いて効率的な浄化が可能になる。NOx吸収剤としては従来は湿式法が検討されたが、ハンドリング、システム化、繰返し耐久性、装置のコンパクト化を考慮すると無機固体吸収剤の利用が望ましい。複合酸化物を中心とする無機固体の場合、@化学吸着、A気相-固相反応による硝酸塩化、およびB層状構造へのインターカレーションによってNOxの分離濃縮が可能である。

 本研究では以上の基礎戦略をさらに押し進め、高性能なNOx分離吸収材料としての新規複合酸化物の開発、NOx吸収・放出反応の解析、および実用化を目指した分離濃縮・浄化プロセスの開発について総合的な検討を行った。NOx吸収性複合酸化物としてはインターカレーションおよび表面反応に注目して探索を試みた。特にNOx分子のインターカレーション反応およびその解離的放出については従来研究例がなく、応用に際しては反応機構を詳細に解明する必要があった。インターカレーションおよび放出反応におけるNOx分子の化学状態と層状酸化物の構造変化を無機材料化学的な視点から詳細に調べ、反応機構をもとにNOxN2への転化の促進および低温化を試みた。NOx吸着を始めとする表面反応については従来から膨大な研究報告があるが、酸化物に関しては十分解明されておらず、また触媒反応以外にNOx吸着を積極的に利用した脱硝プロセスは数少ない。

 吸収あるいは吸着されたNOxは反応温度以上に加熱した際に放出されるため、温度スウィング法による希薄NOxの分離濃縮プロセスを検討した。放出ガスを処理するための浄化触媒を組み合せ、希薄NOx分離、濃縮、浄化の反応条件の最適化を図った。温度スウィング法を適用により、反応温度を周期的に変動させることによって希薄NOxの分離回収と放出とを繰り返す新規な脱硝プロセスへと応用可能であることが明らかになった。さらに、固体表面に蓄積したNOxの還元剤に対する化学的反応性についても検討し、酸化雰囲気における新規な選択的NOx還元反応を見出した。

 

2.複合酸化物の合成、組成・構造とNOx吸収特性に関する研究

 種々の構造、組成を有する数十種類の複合酸化物を新たに合成し、希薄NOxとの気相-固相反応を系統的に評価した。NOx吸収および脱離特性が固体構造あるいは組成によって受ける影響を解明した。

 材料探索の結果、層状構造を有するLa2-xAxSrCu2O6(A=Ba,Sr)および螢石型構造を有するCeO2あるいはZrO2を母体とする複合酸化物が優れた特性を有することを見出した。また、低温におけるNO2の吸着に有効なAl2O3多孔体の調製法についても検討した。以下にこれらの系の組成・構造とNOx吸収性との関係をまとめて述べる。

 

2.1 層状銅酸化物系

La2-xAxSrCu2O6(A=Ba,Sr)Laもしくはアルカリ土類金属イオンとCuO5多面体シートとが交互に積層した層状構造から成る。NO吸収はLaサイトの一部をアルカリ土類元素(Sr,Ba)で置換することによって発現し、気相酸素の存在下で促進される。Laに比べてより塩基性の高いSrあるいはBaの存在がNOとの高い反応性を生じる要因である。一方、Laの置換は電荷補償による構造変化をももたらす。すなわち、La3+2価イオンで置換するとCu3+が生じ、NO酸化を促進する。電荷補償はまた酸素欠陥を生成し、Sr系では3a×aBa系では3a×3aの超格子をもたらす。Ba系は250℃において気相から1mol/mol以上の多量のNOを取り込んで層空間に収容し、その結果、層間距離の著しい拡張(インターカレーション)を引き起こした。NO吸収後、300℃以上で加熱すると、取り込まれたNOが徐々に脱離し、800℃以上で残存するNON2として解離的に放出する。この不可逆的NO脱離反応は層空間におけるNOと酸素欠陥との相互作用に起因し、インターカレーション反応に特有の固体内分子変換であることを見出した。

 これに対して、Sr系では、NO吸収後、母構造の回折強度は著しく低下するが、層間距離の増加は全く認められない。また、NO吸収試料は、NO2-およびNO3-種を含むことから、Sr系のNO吸収はインターカレーションではなく、固相気相反応による硝酸塩・亜硝酸塩の形成によって進行すると推定される。以上の結果からNOの解離的放出はインターカレーション反応に特有の現象であることが明らかになった。Sr系とBa系とのNO反応機構の違いは、層間イオン(Ba, Sr)の半径の違いに起因すると推定される。より大型のBaイオンを層間に含む場合、層間距離も大きく、NOの取込みが比較的容易に進行するものと考えられる。

 

2.2 螢石型酸化物系

 Al2O3SnO2ZnOMgOなど種々の金属酸化物について、O2およびCO2の共存する反応条件でNOx吸収特性を評価した結果、ZrO2CeO2およびPrO11の螢石型酸化物試料が比較的優れた特性を示した。そこでまずZrO2に第二成分を添加し、酸素共存下におけるNOx吸収特性に及ぼす影響を評価した。BaLaYなどの塩基性成分はNOxに対して高い親和性を示すことが知られているが、ZrO2に添加した場合は効果が認められなかった。これに対して、NOx吸収能はPdの含浸担持によって大きく増加し、可逆的な吸収および脱離が繰り返し観測された。反応温度が低いほど、熱力学的にNONO2への酸化が有利になるために、高い除去率が持続し、総吸収量は30℃で0.90mmol/gに達した。1wtPd/CeO2試料についても同様に0.11mmol/gNO吸収が認められた。これらの試料はZrO2あるいはCeO2PdOとの混合物から構成されるが、NO吸収に伴う結晶相の変化は認めらなかった。FT-IRスペクトルによると、NO吸収後の試料は、NO3-N-O伸縮振動に起因する吸収帯を示し、NOが酸化され、硝酸根として取り込まれることが明らかになった。硝酸根はPdOの有無に関わらず生成するため、NOは気相酸素でNO2へと酸化された後、金属酸化物と反応するものと推定される。NO吸収後の試料をHe気流中、10/minで昇温した場合、NOの脱離は300400℃にピークを示した。また、50750℃にわたってNO脱離量を上回るCO2脱離が認められ、試料表面はNO2と同様CO2に対しても高い親和性を有することが分かった。

 CeO2は自動車触媒成分としてすでにその排ガス中での耐久性が実証されているため、実用的NOx吸収材料として有望である。そこで次に、多様な組成のCeO2系複合酸化物についてNOx吸収性を評価した。この結果、MnOx-CeO2系が150℃以下の低温、酸化雰囲気で優れたNOx吸収特性を示した。この二元系酸化物は、螢石構造の固溶体から構成されるが、Mnの置換固溶によって酸化還元性が付与され、NO酸化活性が発現する。NOx吸収量はCeO2へのMnOxの添加によって増加し、n=0.25で最大値を示した。また、吸収量は、反応温度の低下あるいは酸素分圧の上昇とともに増加した。30℃における吸収量は0.2mmol/gと上述の他の系に比べると低く、表面に露出したCe種に比べても少ないことから、表面吸着が主に進行している。FT-IRによると、MnOx-CeO2では、CeO2あるいはMnOx単独試料で生成しないbidentate, monodentateおよびイオン性のNO3の形成が確認された。すなわち、両酸化物の混合によって新たに酸化的吸着サイトが形成し、吸着が促進されたものと推定される。Ce以外の希土類酸化物についても検討した結果、MnOx-Pr6O11系において同様のNOx吸収特性が確認されたが、吸収量はCe系に比べて少ない。

 

2.3 アルミナ系

 アルミナはそれ自体NO酸化活性を持たないため、単独でNO吸着には利用できないが、NO2に対しては室温で高い吸着除去能を示す。吸着能は試料の多孔性および表面構造に強く依存するため、その制御法を検討した。アルミナ前駆体であるベーマイトが層状構造から構成されることに注目し、ベーマイト合成条件で長鎖アルキルアミンを添加し、その層空間への挿入を試みた。得られた複合体を300℃で加熱すると、比表面積約350m2/g以上に達する多孔体が得られることが明らかになった。本調製法によれば、加熱条件を制御することによって細孔内アミン残基に起因する塩基性を付与し、NOx吸着能をさらに増加できる可能性を持っている。

 

3.温度スウィングNOx吸収分解に関する研究

 前項で述べたNOx吸収材料を用いて、反応温度を周期的に変動させ、希薄NOxの吸収分離と放出とを繰り返す温度スウィングプロセスについて検討した。本プロセスのNOx除去能力、NOx濃縮・分解能、繰り返し安定性等の基本特性と反応温度、NOx供給濃度、共存ガスなどの反応因子の影響を調べた。

層状銅酸化物La2-xAxSrCu2O6(A=Ba,Sr)を用いたNO温度スウィング吸収脱離を試みた。A=Baの場合、250℃でのインターカレーションによって層間に取り込まれたNOxの解離的脱離反応により、800℃以上においてN2の脱離が生じる。しかし、温度スウィングにおいて脱離ステップの温度を800℃以上に設定すると、続く吸収ステップでの吸収率を著しく低下させてしまう。特に、供給ガスを加湿しない場合にこの現象が顕著に認められるので、試料表面からの水酸基の脱離がNO吸収特性の低下の原因であると考えられる。また、実用的にも脱離温度を800℃以上に設定することはきわめて困難である。そこで脱離ステップを500℃として供給ガスの加湿によって約0.4mol/molNOx吸収脱離が繰り返し進行することを確認した。気相酸素の共存に関係無く、各吸収ステップのNO除去率はほぼ100%に達した。また、意外なことに気相酸素の共存しない条件では、500℃での脱離過程で吸収NOxの一部がN2として解離的に脱離した。この比較的低温でのN2への転化反応は、温度スウィングを繰り返した場合にのみ認められる現象である。一方、A=Srの場合は、吸収NOは昇温過程でNO/NO2の混合物としてのみ脱離し、N2への転化は全く認められない。A=Baの場合と同様、加湿した供給ガスを利用すれば、250℃および500℃でそれぞれ約0.2mol/molの吸収と脱離を安定して繰り返すことができた。層状銅酸化物系では以上のように、理想的反応条件においては従来の試料を凌駕するNOx吸収速度ならびに吸収量を発揮するが、CO2ガス共存下における被毒の程度が大きい欠点を有する。これはCO2NOxとの塩基サイトへの競争吸着に起因し、O2が共存しない場合に最も影響が大きい。この点を改善するには、試料の化学組成および表面組成についてさらに最適化が望まれる。

 層状銅酸化物系とは対照的に螢石型酸化物系はCO2H2Oなど排ガス中に多量に含まれる共存ガスの影響が小さい。また、酸化雰囲気であれば吸収ステップを室温に設定可能で、加えて500℃以下で脱離が完結するため、温度スウィングにおける試料への熱負荷も低く抑えることが可能である。NOx吸収はO2共存下で促進され、吸収と脱離が可逆的に繰り返された。Pdを担持すると、吸収性能を向上させるだけでなく、NOx脱離を促進する効果を有する。MnOx-CeO2系のTPD測定によると、monodentatebidentateNO3種は約200℃、一方イオン性NO3は約300℃に脱離ピークを与え、500℃以下で全NOxの脱離が終了した。室温と500℃との間での温度スウィングにより、可逆的なNOx吸収脱離を安定に繰り返すことが可能になった。

 

4.吸収NOxの化学的反応性に関する研究

 酸化物表面近傍に蓄積したNOxを単なる加熱脱離ではなく、還元性ガスとの反応によって取り除き、NOx吸収能を再生する方法および触媒設計について検討した。この目的には優れたNOx吸着機能と還元性ガスを活性化する触媒機能とを併せ持つ材料が最適であることを見出した。例えば、NOx吸収後の1wtPd/ZrO2120℃でH2を導入したところ、NOおよびN2が発生した。同様の組み合わせを種々検討した結果、H2を還元剤とする吸収NOxN2への転化に対しては、Pd/MnOx-CeO2が最も高い活性を示した。150℃以下の低温においてPd/MnOx-CeO2への酸素共存下におけるNOx吸収が飽和に達した後、H2パルスを導入したところ、蓄積したNOxを一挙にN2へと還元し、NOx吸収能を再生できることを見出した。この場合、NOxとしての脱離は全く検出されなかった。

 一方、NO/O2/H2混合ガスを用いた定常反応の結果、Pd/MnOx-CeO2は酸化雰囲気(10%O2)においてもNOx-H2反応を安定に持続することを見出した。NOxN2への転化率は反応温度に依存し、125℃で最大60%以上に達した。以上の結果より、H2活性化能とNOx吸収能を併せ持つPd/MnOx-CeO2触媒は、低温酸化雰囲気におけるNOx-H2反応を選択的に促進することが明らかになった。従来、本反応はNO-CO反応と同様に共存酸素によって著しい被毒を受けることが知られている。また、酸素が存在しない条件でも還元生成物は主にアンモニアであることが報告されている。Pd/MnOx-CeO2で酸素被毒が少なく、かつN2が主生成物となる一つの要因はMnOx-CeO2表面上での高いNOx吸着密度にあると考えられる。気相に高濃度のO2が存在する場合においても、Pd種とMnOx-CeO2との界面では高密度でNOxが存在するため、Pd上で活性化した水素との反応が優先的に進行したことが推定される。今後、反応機構を詳細に検討することによって、さらに高活性なNOx選択的還元触媒の開発が期待される。また、酸化雰囲気における一酸化炭素および炭化水素を還元剤に用いる系についても検討し、吸収機能を有する新規な触媒系の開拓を目指したい。