Research

研究の概要

 様々な個性を有する金属元素と配位子を組み合わせた金属錯体は、多種多様な物性と反応性の宝庫です。我々のグループでは、金属錯体の物性と反応性の起源を、理論・数値計算を用いて解明、予測する研究活動を展開しています。

 従来、自然科学における理論は、観測結果の説明・解釈を主な仕事としてきました。しかし、現在ではコンピューターやソフトウエアを高度に活用することによって、模擬実験(コンピューター・シミュレーション)を行えるようになっています。我々のグループでは、このコンピューター・シミュレーションを最大限に活用し、実験家とのディスカッションや現象のモデル化を通じて、多様性な金属錯体の化学にチャレンジしています。

 我々の目指す研究では、数学や物理が得意な研究者だけではなく、化学現象に対する実験家のセンスあるいはアイディアを有する研究者、コンピューターを高度に活用する技術を追求する研究者など、多種多様な人材を必要としています。



最近の研究テーマ

(1)有機エレクトロルミネッセンス素子材料の分子設計
 有機エレクトロルミネッセンス素子(OLED)は、次世代の表示素子として最近大きな注目を集めています。我々のグループでは、このOLEDを構成する分子性材料の中で、金属錯体系の発光材料やホール輸送材料に注目し、その特性と分子構造の相関や物性を予測する研究を行っています。この研究の一部は、米国ブルックヘブン国立研究所、九州松下電器(株)との共同研究によるものです。

(2)湿式太陽電池の金属錯体色素材料の光物性の解析と予測
 太陽光エネルギーの有効利用を目指した太陽電池の開発が活発に行われています。本研究では半導体表面に色素分子を吸着した湿式太陽電池に関連する理論研究を行っています。現在のところ、効率よく太陽光を吸収する色素材料の光化学的性質に関する研究、界面での電子移動に関する基礎的な物性値を数値的に明らかにすることを目的とした研究を展開し、より高効率の太陽電池の開発に必要な新規色素材料の提案を目指したいと考えています。

(3)金属錯体のソルバトクロミズムと電子移動・エネルギー移動に関する基礎研究
 金属錯体の電子スペクトル、光物性には溶媒効果が顕著になる場合があります。錯体の電子状態の性質とその溶媒依存性に関する数値計算を行い、その解析を通じて、錯体の電子状態に対する溶媒効果のモデル化とそれから得られる理論的予測を行っています。最近は、金属錯体との比較対象として、有機色素分子のソルバトクロミズムに関する理論計算も実施しています。また、吸収・発光スペクトル、あるいは電子移動・エネルギー移動など、様々な過程で重要となるFranck-Condon因子の解析方法についても最近検討を開始
しました。

(4)集積型金属錯体の構造と物性の解析
 最近様々な金属元素と配位子となる有機分子の組み合わせによって、複数の金属錯体が化学的に結合した“集積型金属錯体(金属錯体超分子)”が合成されています。我々のグループでは、そのような金属錯体の化学的な性質が、どのような電子的因子に支配されるのかに関して、構造と物性の相関を意識しながら解析しています。これは、新規集積型金属錯体の分子設計指針を構築するための理論的基礎を確立するために行っています。

(5)多機能性金属錯体の機能発現に関する理論解析
 それ自身様々な機能を有する金属錯体を異なる機能を有機分子に結合すれば、従来にない新しい多機能分子を構築できる可能性があります。我々のグループでは、光応答性官能基を結合した金属錯体の光物性に関する基礎研究を行い、その電子状態の解明、光物性の特徴に関する数値シミュレーションを行っています。この研究の一部は、東京大学西原寛教授グループ(実験)との共同研究として、J. Am. Chem. Soc.誌に掲載される予定です。

(6)混合原子価錯体の電子物性の理論予測
 興味深い金属錯体の一つに、分子内の複数の金属元素が互いに異なる酸化数をとる錯体(混合原子価錯体)があります。これは、“自発的対称性の破れ”の一例であると同時に、最近注目されている分子エレクトロニクス(ナノサイエンス)材料のプロトタイプに相当するものでもあります。我々は、左右の金属原子が異なる配位環境を有する2核混合原子価錯体に注目した電子状態計算を行い、錯体の電子状態がそれを構成する原子の種類だけで決まるのではなく、むしろ周囲の溶媒分子の性質に支配されるということを提案するに至っています。このように溶媒が溶質分子の電子状態の性質を支配する例は、これまでのところ全く報告されていません。

(7)有機金属錯体触媒によるC-C結合形成反応の反応メカニズム解析
 有機金属錯体を用いた触媒反応は、有用な化学物質を得る上で不可欠の反応です。我々のグループでは、そのような触媒反応のなかで最も重要なC-C結合形成反応に注目し、その反応メカニズムを明らかにする理論研究を行っています。また、電子状態計算による数値解析だけにとどまらず、化学反応の物理モデルを考案して電子状態計算の数値データに含まれる物理的意味を明確にする新しい試みも行っています。

(8)金属錯体分子ワイヤの電気特性シミュレーション
 最近合成が行われている金属錯体分子ワイヤに注目し、その電気特性の数値シミュレーション手法の開発を目指した研究を行っています。

(9)電子状態計算による分子材料設計システムの開発
 我々のグループで行っている分子シミュレーションは、「化学技術における計算機支援材料開発技術」の一つです。この技術は、わが国で推進すべき重要な技術課題の一つとして広く認識されています。我々は、これまで行ってきた分子シミュレーションのノウハウやデータを集積して、電子状態計算を基礎とする新しい「分子材料設計システム」の開発に取り組んでいます。なお、本研究課題は熊本大学サテライトベンチャービジネスラボラトリー(SBVL)の研究課題としても実施されています。


Copyright 2002 Quantum Chemistry Group in Kumamoto Univ.