軽量、柔軟、低コストと言った特徴を有するフレキシブルデバイスを作製するために、有機半導体デバイスをフレキシブルプラスチック基板上へ集積し、有機薄膜太陽電池・有機電界効果トランジスター・有機発光デバイスなどを構築する研究が盛んに行われている。有機エレクトロルミネッセンス(EL)現象を利用した有機ELディスプレイは、カソード上にホール輸送層、有機半導体の発光層、電子輸送層、アノードを作製した構造を取っており、大型ディスプレイやモバイルディスプレイを作製するために利用されている。画像表示には、電界効果トランジスターを利用したアクティブマトリック方式で発光素子が制御されている。
有機ELディスプレイと比較して光励起発光ディスプレイは電界効果トランジスターや透明電極を必要とせずにフレキシブル透明ディスプレイを創製できることから注目されている。高い透明度、長寿命、大面積化を必要とする航空機や艦船のフロントガラス上へ計器情報を直接投影するヘッドアップディスプレイへの応用も注目されている。特に、近赤外光を可視光に変換できる2周波数アップコンバージョン発光(2FUL)材料は、光励起発光透明ディスプレイに特有の低解像度や入力光の色の問題を解決できる。アップコンバージョン発光は、希土類元素を低フォノン振動材料へ少量ドープしたPr3+、Er3+、Tm3+などの希土類元素に近赤外光を照射すると起こる光励起発光の1つである。図1はEr3+の1光子励起発光(近赤外の蛍光発光)と2光子励起発光(可視の2周波数アップコンバージョン発光)機構を示す。
1図1アップコンバージョン発光の発光メカニズム。(a) 5段階モデル、(b)青色アップコンバージョン発光するTm3+、(c)緑色アップコンバージョン発光するEr3+、(d) 赤色アップコンバージョン発光をするPr3+のエネルギー準位図。矢印の太線は励起光および発光、矢印の点線はマトリックスの格子振動を示す。
5段階発光機構の1光子励起発光と2光子励起発光の発光強度は式①、式②で示す。5段階発光機構の1光子励起発光と2光子励起発光の発光強度は式①、式②で示す。
PNIRとP2FULは近赤外の蛍光発光と可視の2周波数アップコンバージョン発光の光強度[J cm-2]、P1とP2は周波数ω01とω12[cm-1]の近赤外光の励起光強度[J cm-2]、NTはEr3+の濃度[cm-3]、Vは励起光の照射部分体積[cm3]、σ1とσ2は基底状態と励起状態1の吸収断面積[cm2]、τ1は、hはプランク定数[J s]、ξ1とξ2は励起状態から発光過程へ至る比率を各々示す。上式を比較すると、2周波数アップコンバージョン発光は励起光強度に対して非線形に応答するために、発光スポットサイズを著しく小さくすることが可能である。特に、2周波数アップコンバージョン発光は、ディスプレイ上で2種類のレーザー光の交差点でのみ点発光するために、アレイレーザーダイオードから照射される励起光をアレイガルバノミラーで制御することで照射することで走査方式の3次元像の表示が可能である。しかし、この表示方法はガルバノミラーや集光レンズを必要とするために、表示素子のサイズの増加が課題であった。
我々はこの課題を解決するために2種類の光学ポリマーから作製したコア層とクラッド層からなるアレイ導波路格子をアップコンバージョン発光層上に構築したアレイ導波路格子アップコンバージョン発光デバイスを作製することを検討してきた(図2)。アレイ導波路が交差した部分にアップコンバージョン発光層を作製し、コア層の各々の近赤外光から励起されたアップコンバージョン発光層のみが可視光を発光することで、非投影方式で表示可能な光励起型透明ディスプレイが作製可能になる。このアレイ導波路格子アップコンバージョン発光層を作製するためには、アップコンバージョン発光層を透明高分子上に作製する技術が必要であった。
図2(a)ヘッドアップ透明ディスプレイ、(b)投影型アップコンバージョン透明ディスプレイ、(c)非投影型アップコンバージョン発光透明ディスプレイの模式図
アップコンバージョン発光材料である希土類元素含有フィルムを作製するために、電気泳動法、スクリーン印刷法、ゾルゲル法などが報告されてきた。固体基板上に希土類元素含有発光層の前駆体を形成させ、光リソグラフィー法やソフトリソグラフィー法でそれをパターン化する。しかし、希土類元素含有発光フィルムの前駆体を焼成する必要があるために、高分子フィルムのような耐熱性の低い固体基板上へ希土類元素発光層を作製することは困難であった。我々は、希土類元素含有発光材料をナノ粒子化する技術に着目し、焼成工程を経ることなくフレキシブルプラスチック基板上へ希土類元素含有発光層を作製できる技術を見出した。典型的な光リソグラフィー法[1]、自己組織化膜をレジストに用いた光リソグラフィー法[2]、ソフトリソグラフィー法の1つである毛細管マイクロモールド法[3]を用いて希土類元素発光層のパターン化に成功している。特に、毛細管マイクロモールド法を改良することで、アップコンバージョン発光層のパターン化サイズを単粒子レベル(50 nm)まで低減することに成功した[4]。
ここで用いたソフトリソグラフィー法は、1990年代にJ. M. Whitesizeらが報告したマイクロコンタクトプリンティングを始めとしたシリコーンスタンプを用いたリソグラフィー法の総称である。光リソグラフィー法などで作製したマイクロパターンを有するシリコン基板上にポリジメチルシロキサン(PDMS)のモノマー、架橋剤、触媒の混合物を塗布して熱重合することでシリコーンゴムにシリコン基板上のマイクロパターンを転写する。このシリコーンゴムを使い方に応じて、マイクロコンタクトプリンティング、毛細管マイクロモールド法、トランスファーモールディング法などが報告されている。本研究では特に、PDMSをモールドとして用いる毛細管マイクロモールド(MIMIC:Micromolding in capillaries)法に関して説明する。ライン&スペースを有するPDMSモールドを固体基板上に置くと、PDMSと基板間に毛細管が生じる。このPDMSモールドの開放端付近に機能性材料溶液の液滴を滴下すると溶液が毛細管力で毛細管内に注入される。その後、乾燥することで機能性材料フィルムを形成することができる。図3に示すように液滴と毛細管のモデルを考える。毛管現象の界面自由エネルギー変化は、以下の式のようになる。
図3毛細管マイクロモールド法の模式図:(a) モールドと基板と液、(b) 毛細管と液滴部分の拡大図、(c) 毛細管内の液のメニスカスの拡大図。
液滴の半径をr、毛細管の一辺の長さ(正方形と仮定)をx、毛細管内における流体の位置をz、液滴の面積ΔAd、毛細管内の一辺の面積をΔAcとする。ここで、液体の体積変化量をΔVとする。固液、気液、気固における界面自由エネルギーをそれぞれγSL,γSV γLVとおく。毛細管と固体基板は表面自由エネルギーが異なるため、それぞれS、S'と表記する。液体と毛細管(PDMS)、液体と固体基板の接触角をそれぞれθ、θ'とする。 (4)式でγSV − γSLとγS'V − γS'Lの合計が正の時、液は自発的に毛細管に注入される。(4)'式は液とモールドもしくは基板との接触角が0から90°のときに、液が自発的に毛細管に注入される。例を挙げると、液に水、モールドにPDMS、メチル基末端のアルカンチオール自己組織化膜で被覆した金基板を用いるとθ ≒ 105°とθ' ≒ 112°なので、水は毛細管内に注入しない。表面張力が大きいヒドラジンや水銀、γSVやγS'Vが小さい基板表面のときも毛細管内に液が自発的に注入しない。液が水で、PDMSをモールド(θ ≒ 105°)、メチルエステル基修飾基板θ' ≒ 60°などを用いた場合は、液に少量の界面活性剤などを混合することで自発的に毛細管内に注入できる。本研究では、高屈折率ポリマーがPDMSモールドの毛細管内に注入するように固体基板表面とPDMSモールド表面を改質した。
図4(a)アップコンバージョン発光層上に被覆した高屈折率ポリマーと低屈折率ポリマーフィルムの可視透過スペクトル、アレイ導波路格子アップコンバージョン発光デバイスの(b)光学顕微鏡像と(c)アップコンバージョン発光像。
図4aに示すように、アップコンバージョン発光層を高屈折率メタクリレート系ポリマーで被覆し、その上に低屈折率シリコーン系ポリマーフィルムを形成させたところ、可視光領域において90%以上の高い透過率を示した。これらの材料を用いて毛細管マイクロモールド法を用いてアレイ導波路格子アップコンバージョン発光デバイスを作製した。図4b光学顕微鏡に示すようにアレイ導波路格子がアップコンバージョン発光層に形成した。850 nmおよび1500 nmの近赤外光を各々アレイ導波路から導入したところ、図4cに示すように近赤外光の交差点でのみアップコンバージョン発光が見られた。以上の結果は、アレイ導波路格子アップコンバージョン発光デバイスが単純マトリックス方式による光励起型フレキシブル透明ディスプレイとして機能することを示す[5]。従来のフレキシブル透明ディスプレイと比較して透明度と長寿命を著しく増加できる可能性を秘めており、将来的には次世代型のヘッドアップディスプレイやポータブルディスプレイの創出に繋がると期待できる。
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