國武研究室 熊本大学工学部 物質生命化学科 高分子材料研究室

研究内容

固液界面における自己組織化による超分子構造構築

プローブ顕微鏡を用いたナノスケールでの現象の理解

現代社会を支える半導体技術ではすでに100 nm 以下の描画パターンが実用化され,数十nm スケールでのパターン形成が今後の研究の焦点になっている。しかし、リソグラフィ技術の延長が限界に近づきつつあることは間違いない。そこで、リソグラフィに代表されるトップダウンタイプのナノテクノロジーに対して、ボトムアップタイプのナノテクノロジーとして、固体表面での分子の自己組織化に基づく連続秩序性を有する構造体、規則性有機・高分子ナノ界面の構造構築技術が大きな注目を集めている。特に、電子的、光学的あるいは磁性的特性を有する機能分子を規則的に配置・結合する技術が、ボトムアップナノテクノロジーによる分子デバイス構築を目指した次世代の根幹技術として期待されている。

溶液中における基板表面への可逆的吸着に基づく2次元自己組織化

固体表面に分子を積み上げていくボトムアップタイプのナノテク技術を実現するためには、ナノスケール、特に分子スケールでの現象を理解する必要がある。そのために、分子そのものを見る技術が不可欠であり、プローブ顕微鏡がその観察手法の中心となる。STMは周期像ではないリアル原子解像度をを得ることが可能で、有機分子の観察においても、個々の分子の形状・内部構造まで画像化することが可能なほぼ唯一の手法である。原子レベルでフラットな基板表面において有機分子を自己組織的に配列させ、その様子を原子スケールの解像度で観察する研究は、2次元超分子構造、目で見る自己組織化として活発に研究されてきた。我々の研究室では特に、固液界面における有機分子の自己組織化に着目した研究を行っている。これは主に溶液相からの分子の自発的吸着に基づいて構造が自発的に形成される現象のことを指す。濃度、温度、基板の選択、基板電位の設定など、強すぎない弱すぎない適度な強さの吸着系をうまく設定することで、溶液からの吸着によって固液界面に濃縮された分子が、van der Waals力、水素結合や静電的相互作用などの分子間相互作用をドライビングフォースとして2次元的に自己組織化させることができる。分子間力による自己組織化には、表面での分子拡散を許容する比較的弱い吸着系の設定が重要となる。1-5

図1基板-分子相互作用の強弱と表面における分子構造の模式図

分子間水素結合に由来した2次元ネットワーク構造の発現

固液界面における2次元有機分子自己組織化では,基板上において自由度を残したまま分子を表面に濃縮することで分子間相互作用を引き出すことで,固液界面での2次元結晶化を可能にする。分子間で結合を形成する部位を複数導入した分子(分子レゴ)を自己組織化に応用することで,積み木細工やパズルのように二次元超分子構造を構築することも可能となる。図1は電位制御により表面において自己組織化させたトリメシン酸と窒化炭素系分子であるメレムのその場観察によって得られたSTM 像である1,2。トリメシン酸のカルボン酸基同士や、メレムの水素原子-窒素原子が向き合いあうことで、それぞれ水素結合による2次元ネットワーク構造を構築している。この結果は,分子レゴを用いた設計可能かつ多彩な二次元分子パターンの自己形成への道を開くものとして期待される。さらに興味深いことに,これらの系では基板電位を精密に制御することにより “order-to-order” 相転移が観察された。電位により吸着を制御していくと、分子が未吸着な状態と飽和未配向吸着の間にネットワーク構造だけでなく、カルボン酸基間の結合によらない,最密な吸着構造を有する新たな規則構造を発現することが明らかとなった。このことは,電位制御により吸着を制御することは表面濃度を制御することに繋がり、その結果表面濃度に応じた熱力学的安定構造が発現することを示している。分子機械につながるナノ分子集合構造の電気化学を用いた動的制御としても興味深い。

図2トリメシン酸(TMA)とメレム(melem)から自発形成した水素結合由来2次元パターン構造

固液界面を反応場とした共有結合性2次元ポリマー構築

近年では、水素結合など比較的「弱い」相互作用に基づく規則構造構築のみならず、表面上で化学反応を起こすことで分子レベルの規則構造を有した共有結合性のポリマーを構築することが非常に大きな注目を集めている。これらの研究は超高真空系のドライプロセスでの研究が非常に盛んであったが、ごく最近ではウェットプロセスに基づく界面反応による規則構造性高分子のその場での合成技術の開発も始まっている。固液界面を利用した2次元規則構造の構築は、自由なビルディングブロック分子間の組み換えが容易な非共有結合性の構造と異なり、共有結合性の構造を構築するカップリング反応は非可逆的であることが多く、熱力学的最安定構造としての規則構造を生み出すことが温度的な制約を含めて、一般的に困難である。そこで、我々は、水溶液中の穏やかな条件で自発的に反応を進行させることが可能なアゾメチン反応を、分子カップリング反応として用いることで、ビルディングブロック分子が水溶液−基板表面で選択的にその場重合した規則性二次元ポリマーの構築が可能であることを見出した(図3上模式図)。

水溶液中での界面選択的その場重縮合に基づいた共有結合性2次元分子フレームワークを構築する技術として提案している3-5。固液界面での分配平衡とカップリング反応平衡、2つの平衡を同時に精密制御すると、吸着に基づく分子の濃縮と疎水場効果によって、固液界面でのみ選択的に分子間カップリング反応(表面重縮合)を進行する条件が存在する。多数の多官能芳香族アミン分子と多官能芳香族アルデヒド分子の組み合わせから、2次元配列した直線状アゾメチンポリマーがパッチ状のドメイン構造を形成した分子膜や、ポルフィリン分子が格子状に結合された共有結合性分子フレームワークの構築と観察に成功している。溶液中のその場観察によって、結合、脱結合を繰り返しながら、フレームワークが構築されていく動的過程の観察にも成功しており、共有結合性規則構造が熱力学的に最安定な構造として構築されていることが確認された(図3下STM像)。

図3(上)固液界面を反応場とした共有結合性自己組織化構造形成の模式図。(下)自己組織的に形成した直線状、2次元ネットワーク状ポリマーのSTM像

化学液相成長 — 二次元構造から三次元構造へ

固液界面で2次元構造を構築するのに用いた分子カップリング反応系において、反応平衡を反応側に少し押してやると、2次元分子膜にとどまらず、3次元的な膜成長を促すことができる。様々な芳香族アミンと芳香族アルデヒドの組み合わせから、多様なポリアゾメチンπ共役高分子薄膜の連続成長(化学液相成長法)が室温、水溶液という穏やかな条件下で可能であることが見出された6。浸漬時間にともない、薄膜の吸光度増加だけではなく、吸収ピークの長波長シフトが観察され、単純な芳香族分子の組み合わせによる高分子であっても多様な色彩を持った薄膜が作製された。これらの結果は、液相からの沈殿堆積ではなく、基板表面で選択的に重合が進行していることと、嵩高い置換基を持たない剥き身のポリアゾメチンが生成し、πスタッキングにより共役系が拡張されていることを示唆している。

図4化学液相成長により形成した有機ポリマー薄膜のAFM像と薄膜の反射UV-vis吸収スペクトル

ポリアゾメチンは高い熱安定性と機械強度を持ち併せた優れたπ共役ポリマーであり、有機電子材料としての展開が期待されている。π共役ポリマーのほとんどは、可溶性の置換基を導入することで、その後の薄膜形成を可能としている。化学液相成長では、高分子化と薄膜化を同時に行うため、嵩高い置換基やイオン性を導入する必要がなく、強い分子間スタックを持つ結晶性薄膜を構築できる。さらに化学液相成長により作製されるポリアゾメチン型π共役高分子ナノ薄膜は、バンドル構造やナノウォール構造など、高比表面積を有する多様な高次構造を容易に発現することが明らかになっている。溶液反応である化学液相成長では、ブラウン運動に基づく拡散によって分子が固液界面の反応点に供給される。供給された分子がナノ膜の内部よりも、ナノ膜表面の突起した部分で優先的に消費されるために、気相成長ではほとんど見られない高次構造が発現することを明らかにしている。7

図5化学液相成長有機ポリマー薄膜の多様な形態の例 (ナノウォール構造)

最後に

固体基板表面での反応によって、サブ分子スケールからメソスケールまで、階層的に分子組織構造を界面に自己組織的に組み上げる方法論が高分子化学の一領域として、またボトムアップタイプのナノテクノロジーとして明確になってきた。界面を利用したその場合成によって、ありのままのむきだしの芳香族構造を有する大環状芳香族化合物、芳香環が二次元、三次元的に共役的に結合された有機半導体の構築、結晶性芳香族高分子の高次構造制御など、可塑性や可溶性ポリマーでは構築できない高次構造を持った有機電子材料の可能性が明らかになってきた。ここで紹介した高次構造性を有した高分子薄膜のその場形成技術は、MOF やCOFなどの多孔性結晶材料の研究の流れだけでなく、グラフェンやグラファイト型窒化炭素(g-CN)などにもつながり、大きな広がりを見せようとしている。その中で化学液相成長技術は、簡便・低コスト・低エネルギー・低環境負荷なソフト溶液プロセスであり、低分子系のビルディング元素ブロックの組み合わせから多種多様な高分子をその場合成できるという特徴を有している。さらにメソスケールでの秩序構造の発現を利用した階層的高次構造制御という新たな可能性も有している。真空系の研究では、研究室横断の分業的共同研究システムを駆使したヨーロッパが大きくリードしている。一方で、固液界面を利用した反応系の構築はまだ緒についたばかりである。この分野においては超分子合成とカップリング反応開発のメッカであり、電気化学STMやNC-AFMの開発で世界をリードしてきた日本に強みがある。ソフト溶液プロセス技術が、ボトムアップ型ナノテクノロジーの基盤技術として発展し、次世代の未来高分子材料、ひいては分子デバイスへとつながっていくことを期待したい。

参考文献

  1. A Two-dimensional Molecular Network Structure of Trimesic Acid Prepared by Adsorption-induced Self-organization Ishikawa, Yudai; Ohira, Akihiro; Sakata, Masayo; Hirayama, Chuichi; Kunitake, Masashi Chem. Commun. 22 2652-2653 (2002)
  2. Two-Dimensional Self-Assembled Structures of Melamine and Melem at the Aqueous Solution-Au(111) Interface Shinobu, Uemura; Masashi, Aono; Tamikuni, Komatsu; Masashi, Kunitake Langmuir 27 (4) 1336-1340 (2011)
  3. Thermodynamically Controlled Self-Assembly of Covalent Nanoarchitectures in Aqueous Solution Ryota, Tanoue; Rintaro, Higuchi; Nobuo, Enoki; Yuya, Miyasato; Shinobu, Uemura; Nobuo, Kimizuka; Adam, Z. Stieg; James, K. Gimzewski; Masashi, Kunitake ACS Nano 5 (5) 3923-3929 (2011)
  4. In Situ STM Investigation of Aromatic Poly(azomethine) Arrays Constructed by “On-site” Equilibrium Polymerization Ryota, Tanoue; Rintaro, Higuchi; Kiryu, Ikebe; Shinobu, Uemura; Nobuo, Kimizuka; Adam, Z. Stieg; James, K. Gimzewski; Masashi, Kunitake Langmuir 28 (39) 13844-13851 (2012)
  5. Thermodynamic Self-Assembly of Two-Dimensional π-Conjugated MetalPorphyrin Covalent Organic Frameworks by 'On-Site' Equilibrium Polymerization Ryota, Tanoue; Rintaro, Higuchi; Kiryu, Ikebe; Shinobu, Uemura; Nobuo, Kimizuka; Adam, Z. Stieg; James, K. Gimzewski; Masashi, Kunitake J. Nanosci. Nanotechnol. NaN (NaN) (In Press) (2013)
  6. Chemical Liquid Deposition of Aromatic Poly(azomethine)s by Spontaneous On-Site Polycondensation in Aqueous Solution Rintaro, Higuchi; Masashi, Kunitake; Ryota, Tanoue; Nobuo, Enoki; Yuya, Miyasato; Kazuki, Sakaguchi; Shinobu, Uemura; Nobuo, Kimizuka Chem. Commun. 48 (25) 3103-3105 (2012)
  7. Vertically Standing Nanowalls of Pristine Poly(azomethine) on a Graphite by Chemical Liquid Deposition Rintaro, Higuchi; Ryota, Tanoue; Kazuki, Sakaguchi; Kaiyo, Yanai; Shinobu, Uemura, Masashi, Kunitake Polymer 54 (14) 3452-3457 (2013)
 
 
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固液界面における超分子自己組織化
両連続相マイクロエマルションの応用
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